小学校入学に向けて、いろんな不安や「壁」の出現にアタフタする中、大好きだった保育園の卒園もあっという間に訪れ、母の心が追いつかないまま、あれよあれよと、小学校生活がスタートしました。
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ひとりならし学童
4月1日から、娘は学童保育に行きました。
はじめはお弁当前まで3時間。次の日はお弁当タイムまでの午前中。
「ならし保育」ならぬ「ひとりならし学童」です。
私は心配し過ぎだったかもしれません。初日から18時までの子も結構いました。でも、娘の性格とお友達が1人もいないという状況を考慮して、そうしました。
まあ、そうしないと自分が落ち着かなかったというのもあります。
娘も初日はかなり不安そうでした。久々に見る緊張の面持ち。
保育園に最初に預けたときはまだまだ赤ちゃんで泣いていたけど、今はグッとこらえて、新しい世界に飛び込もうとしていました。
娘本人より、よっぽど私の方が心配で不安だったんだと思います。
そう思いながら、朝学童まで送った帰り道、後ろ髪を引かれる思いで仕事に行きました。
有休をたくさんとったおかげで、「ならし学童」の間や、学校が始まってからの1週間は、送り迎えや、家で帰りを待ってあげることができました。
有休作戦は、功を奏しました。
遅らせてもらった始業時間30分の大きさ
学校が始まってからの朝の登校も、始業時間を30分遅らせてもらえたおかげで、一緒に家を出て、途中の信号まで一緒に行き、見送ることができました。
子どもが自分や他の大人が誰も見ていない状態でひとりで行動することに、私自身がドキドキでした。
娘は緊張しながらも、毎日ほんの少しずつ学校生活に慣れていっているようでした。
有休をとっていた時期も終わる頃、「小1の壁」は何とか乗り越えられそうかなと思っていたのですが…
学童が楽しくない
予想していなかった事態でした。
娘が「学童保育が楽しくない」「行きたくない」と言うのです。
保育園では、周りも全員親が働いていて行くのが当然だったのが、小学校では学校が終わったらまっすぐ家に帰る子もたくさんいる中で、そう思うのも当然かもしれません。
それに、保育園と学童保育の雰囲気の違い、知っている先生も友達もひとりもいない状況もあり、数週間経ってもあまり楽しんで行ってくれませんでした。
体験して分かった保育園と学童保育の違いはこちらの記事で書いています。
夫の実家がそばにあったため、
と言われました。
保育園時代なら(言葉は悪いですが)言いくるめることができても、小学生になるとなかなか説得することができませんでした。
そうは言っても、夏休みなどもあるので全部を実家に頼るわけにもいかず、話し合った結果、16時までは学童に行き、その後おばあちゃんの家にいる、というスタイルになんとか落ち着きました。娘はそれでも完全に納得はしていませんでしたが。
保育園と同じように通ってくれると思っていたので誤算でした。
同じ地域の学童保育の職員をしている友人に聞くと
「楽しんで来てくれる子と嫌々来ている子は半々くらい」だと言っていました。
学童を楽しんでくれるか、こればっかりはその子によりますし、蓋を開けてみないとわかりませんよね…。
こうして、有休の取れる職場と、近くにある実家のおかげで、華麗に乗り越えるというよりは、よじ登ったら何とか向こう側に越えられた、というのが我が家の「小1の壁」でした。
体験して分かったこと
「小1の壁」を体験してみて分かったこと。それは「小1の壁」と一括りに言っても、職場の環境や実家のサポートの有無、小学校や学童のルール、雰囲気、その子の性格などによって、その壁の正体がまったく違うということです。
筆者も当時ネットでたくさん調べましたが、同じ状況の例はほとんどありませんでした。ただ、いろんな経験談の中に、共通する思いや、対応策のヒントを見つけることはできるかなと思います。
また、私自身「小1の壁」という言葉に煽られてしまったかなと思います。何かすごい大変なことがやって来るんじゃないかと、必要以上に不安や心配をしてしまったと思います。
実際は、そこまでおそれていたようなことではなく、現実に出てきた課題に、その場その場で対処を考え、実行していく、それだけのことだったのかなと、今となっては思います。
それは小学校入学の時だけでなく、今までもこれからも同じことではないでしょうか。
以上が、私の「小1の壁の体験談」です。
この体験談はほんの一例にすぎませんが、同じように、小1の壁を前に不安に思っている方に少しでも参考になればと思います。
小1の壁から3年経って思うことはこちらの記事で書いています。
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